コラム
2025.12.03
信頼は日々の連携から ― 大阪・関西万博 賓客接遇の舞台裏
2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、世界各国の国家元首や閣僚、国際機関の代表、皇室、国内の政府関係者や経済界の要人などの賓客接遇業務が、万博の運営を支える重要な役割を担いました。
これらの賓客は、ナショナルデー、スペシャルデーへの参加、日本館や、公式参加国パビリオンなどを訪問し、式典や会談、レセプションなどに臨む“万博外交”の要ともいえる存在です。
その接遇業務を担ったのが、博覧会協会のもとで連携した賓客の専門チームです。株式会社JTBグローバルマーケティング&トラベル(JTBGMT)、日本コンベンションサービス株式会社(JCS)が協力し、国際儀礼(プロトコール)に則り、安全かつ品格ある運営体制を築きました。
体制づくりから現場対応、そして次世代への継承まで、協会を中心に多様な関係者が力を合わせて挑んだ協働の歩みを、それぞれの立場から伺いました。
プロフィール
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引原 毅 様
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
儀典局 儀典長 -

石田 和宏 様
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
儀典局 担当部長
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福原 康二 様
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
儀典局 担当課長 -

福原 安浩 様
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
儀典局 係長 -

西内 史 様
株式会社JTBグローバルマーケティング&トラベル
執行役員 法人事業本部長
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後藤 淳平
日本コンベンションサービス株式会社
コンベンション事業本部
2025年日本国際博覧会室 -

馬場 絵里加
日本コンベンションサービス株式会社
コンベンション事業本部 コミュニケーションデザイン事業部
イベント・コンベンション部
開催国としての責任 ― 国際舞台での賓客接遇の意義
各国や国際機関の代表者が集うこの国際舞台において、国際プロトコールへの深い理解と、状況に応じた柔軟な対応力は不可欠です。
まず、万博という国際舞台での賓客接遇が果たした意義についてお聞かせください。
引原儀典長(協会)
「賓客の満足度を高め、印象深い訪問としていただくこと。その中で日本の魅力を効果的に発信し、関心を一層深めていただくことを目指しました。
外国からの賓客は、その国の指導的立場にあり、発信力も高い方々です。彼らが万博で強い感銘を受ければ、日本との関係強化につながり、その国の世論への好影響も期待できます。
彼らの多くは東京でも政府要人と会談を行いましたが、万博会場での訪問は“日本全体の姿”を見ていただく貴重な機会でした。こうした接遇を通じて“万博外交”を支えることができたと感じています。」
石田部長(協会)
「万博で“来賓を迎える”というと、最初に思い浮かぶのは海外からのお客様です。しかし、実際は、海外の要人に加え、皇室、国内の政府関係者や経済界の要人など、多様な賓客を同時に受け入れる体制が求められていました。
ナショナルデーなどの式典では、各国の代表団が日本政府の大臣と会食する場面もあります。私たちは単に各国の代表団をもてなすのではなく、日本側賓客やその他関係者の動き全体を把握したうえで、対応することが求められました。
“日本に来ていただく”ことで、効率的で実りある外交を展開できる。それを支えるのが私たちの接遇業務でした。」
福原課長(外務省)
「やはり“人と人との相互理解”が一番大きいと感じました。文化や歴史の違う人々が一つの場所で会話し、互いを理解しようとする――それが平和や発展の出発点だと思います。
その瞬間を目の前で見られることが、万博で働く醍醐味でした。」
多様な組織を束ねた体制づくりと人材育成
半年以上にわたる賓客対応を支えるには、緻密な体制構築と人材育成が不可欠でした。
そのため、各フェーズで役割の異なる組織が協働し、共通の目的を共有することが鍵となりました。
西内役員(JTBGMT)
「長期運営に向けた体制づくりが最初の課題でした。意欲あるスタッフを集め、研修を通じて共通認識と判断力を育みました。
約2か月の研修では賓客動線を想定し、対応力を磨きました。“喜ばれる喜び”を共有することで、半年間の現場を乗り切る力になりました。」
後藤(JCS)
「協働体制をつくる上で大切だったのは、“誰かが動くのを待たない”文化です。それぞれの専門性を尊重しながら、共通の判断軸を持つことで、個々の判断がチーム全体の力になっていきました。」
福原総括(協会)
「協会内で賓客接遇の実務経験者はほとんどおらず、愛知万博の報告書を読み込み、知識を蓄えるところからのスタートでした。
今回の公式参加国数は愛知万博の約1.3倍。来訪パターンも多様で、対応の統一が大きな課題でした。計画段階から語学力や調整力など、両社の専門性に大きく依拠していました。
正直なところ、“大丈夫かな”と思う瞬間もありましたが、皆さんの支えがあったからこそ、閉幕を迎えられたと思います。」
協会・JTBGMT・JCSの三者が立場を超えて共創し、支え合う体制を築いたことが、半年間の運営の礎となりました。
現場に息づく信頼 ― 日々の判断がチームを強く
現場では、一瞬の判断が安全と信頼を左右しました。
特にナショナルデー・スペシャルデーでは、大屋根リング下の「踏切(横断閉鎖)」運用が重要課題に。
大屋根リング下を一般来場者が通行できる構造のため、定時閉鎖に加え、混雑時の臨時閉鎖判断が求められました。
馬場(JCS)
「ピーク時には人の流れと車両通行が重なります。瞬時の判断を支えたのが共有された判断軸と連携の仕組みでした。
炎天下の中、無線連携や声掛け、引き継ぎなど、現場の小さな行動が信頼を深めました。
複数の関係者が同時に動く中で即応性を保つには、“情報の流れ”を止めないことが大切。判断を支えるのは人と人の信頼です。」
福原課長(外務省)
「皆さんは本当に意識とモチベーションが高かった。外交の最前線とも言える業務で、国家元首級の接遇が続く中、彼女・彼らは最後までやり抜いてくれました。
外務省の一員としては当然全力を尽くしますが、民間の皆さんがそれに“並走してくれた”ことは、誇らしく、驚きでもありました。」
後藤(JCS)
「一人の経験をチーム全体の学びに変える仕組みが、最終日まで続いていました。」
経験を次の舞台へ ― レガシーと未来への展望
大阪・関西万博の海外賓客接遇は、国際儀典の現場として多くの知見と学びを残しました。
会場構造や運用上の制約がある中で、安全性と満足度の両立を追求したその挑戦は、今後の国際イベント運営に生かされる貴重な財産となっています。
半年間の経験を、次の国際イベントや人材育成にどのように生かしていきたいとお考えですか。
引原儀典長(協会)
「今回の万博は、会場構造や交通手段など様々な制約がある中で、満足度の高い賓客接遇を実現するために、通常以上の努力と知恵・工夫が必要でした。
こうした難しい作業を6か月もの間やり切ったという経験は、関係者にとって貴重なアセットであり、大きな自信につながったと思います。
“この万博を成功させたのだから、もう怖いイベントはない”――そう言えるほどの経験です。
協会としてもこの知見を組織的記憶として整理し、次の機会に活かしていきたいと考えています。」
福原総括(協会)
「まさに“レガシーと世代交代”です。万博で得た経験が次の世代へと引き継がれ、より広い舞台での挑戦につながっていく。
多様な人が国際イベントで力を発揮できることが、日本の財産になると感じています。」
石田部長(協会)
「国際イベントは“経験の循環”で成り立っています。前回を経験した人が次へノウハウを渡し、世界のイベントはその蓄積で支えられています。
今回も次世代への橋渡しを意識しました。特に語学力を持つ若手や女性人材が次の舞台で活躍できるよう、現場で経験を積む機会を設けました。
委託契約を結ぶ段階から、『世代交代を意識し、次世代にレガシーを引き継げる体制をつくりましょう』とお願いし、実際若手に、実践の場に積極的に入ってもらいました。
これが、次のイベントへ人材をつなぐ大切な流れです。
この経験が次の国際舞台に生き、より多くの人が活躍の場を広げていくことを願っています。」
半年にわたる現場経験を通じて、賓客接遇における判断力・連携力・人材育成の知見をさらに深めました。これらの経験は、次の国際儀典や大型イベントに向けて確実に継承されていきます。
大阪・関西万博で磨かれた賓客接遇の専門性と、組織を越えた協働の力は、未来の舞台でも信頼を生み出す礎になります。
私たちは、これからも世界の賓客を迎える現場で磨いた経験を糧に、国際的な接遇のプロフェッショナルとして、そして協働の一員として、次世代の挑戦を支えていきます。