コラム

2026.10.16

大阪・関西万博から1年 ― 「また来たい」を生み出す接遇と体験づくり


2025年の大阪・関西万博の閉幕から、1年。国内外から2,900万人が来場したこの国際イベントは、企業、行政、大学、学生、市民など、立場の異なる人や組織がつながる機会にもなりました。ここで培われた経験やつながりを、次の国際イベントや地域の発展へどう生かしていくのか。訪れた人に「また来たい」と思ってもらうために、受入れる側には何が求められるのでしょうか。

国際会議の運営から地域連携、万博誘致、賓客接遇まで、長年にわたり関西のMICE・国際イベントに携わってきた日本コンベンションサービス株式会社(JCS)執行役員の松田 健に、万博での賓客接遇を振り返りながら、イベントが開催地や社会に残す価値と、そこで得た知見や人材を次の国際舞台へどうつないでいくかを聞きました。

ともに万博をつくった経験が、次につながる財産に

万博を振り返って、松田はこう話します。

「私は準備段階から長く携わってきました。誘致当時は政府や大阪府市のみならず、経済界や大学の研究者、学生たちがみんな盛り上がって『大阪で万博を!』という空気がありました。そうした人たちと肩を組んで仕事ができたことは、JCSにとっては非常に価値が大きかったと思います」

松田がなかでも大きな意味を見いだしているのが、企業・行政・大学の関係性の変化です。以前は、行政が施策をつくり、その施策を民間事業者が受託するという流れでした。それが万博を経て、「行政課題の顕在化」という段階から研究者や企業も加わって一緒に課題解決を考える場面が増えてきたといいます。企業同士の関係にも、変化が生まれました。

「万博を通じて多様な領域、規模の企業の方と知り合ったことで、『あの会社はこんなことができる』『この人はこんな能力を持っている』ということが共有されるようになりました。他社の人にも気軽に『こんなことを考えているんだけど、どう思う』と相談できる。企業同士の距離が、非常に近くなりましたね」

準備の過程では、誰も経験したことのないコロナ禍に直面し、万博協会に出向した社員が挨拶もできないままリモートワークから始まるなど、決して恵まれた環境ではありませんでした。企業や自治体の垣根を超えて協力し合い、知恵と工夫で乗り越えてきたことも、今回の万博の特徴です。

「MICE事業者の立場から、政府や自治体、経済団体などに積極的に意見を伝えることができただけでなく、耳を傾けていただけました。社会課題の解決に向けた協力体制や人的ネットワークが、資産として残ったのではないかと思います」

「また来たい」につながる接遇とは

万博を含む国際的なMICEには、社会的に影響力を持つ人たちが数多く参加します。そうした人たちに「もう一度日本を訪れたい」「今度は家族を連れてきたい」と感じてもらうことは、開催地にとっても大きな意味を持ちます。万博という大舞台を経験して、「人を迎える」ことへの考え方に変化はあったのか、松田の答えは明快です。

「変化はない。いつも通り。万博でも、社員をはじめ、関わるみんなが普段と同じように力を尽くしました」

松田が変わらないと考えているのは、相手の要望を理解し、一つひとつ丁寧に応えるというおもてなしの基本です。その姿勢は、万博の賓客(VIP)接遇業務でも来日前のコミュニケーションから貫かれていました。メールに速やかに返信し、追加や変更にも柔軟に対応する。目を配るのはVIP本人だけでなく、ともに訪れる数十人規模の代表団全員です。国際儀礼への理解や文化・慣習への配慮といった専門性に、日々の細やかな対応を重ね、一人ひとりの快適な滞在を支えてきました。

一方で、予定通りに進めるだけでは生まれない体験もあります。例えば、万博会場でVIPを案内していた際、予定にはなかった大屋根リングに上がりたいという希望が、その場で出ました。警備員をどこに配置できるか。案内するために必要な条件を確認し、段取りを整えて、その希望に応えたといいます。

「こうした対応が、訪日満足度を大きく高め、『もう一度来たい』『同僚、家族にも勧めたい』と感じていただくことにつながるのではないでしょうか」

もちろん、すべての希望に応えられるわけではありません。

「ご要望には可能な限り応える。無理なものは無理ですが、できそうなら、できるための条件を考えます」

その判断と対応を支えるのが、これまでの経験と、協力会社を含めた現場のネットワークです。基本の対応を丁寧に積み重ねることと、予定外の希望にも柔軟に応えること。JCSが大切にしてきたのは、この両立です。万博の賓客接遇では、こうした個々の経験に加え、関係者が共通の判断軸を持ち、無線での連絡や声掛け、引き継ぎを通じて情報を共有する仕組みも整えられていました。

訪れたくなる理由をどうつくるか ― 受入品質を高める3つの視点

万博での経験は、今後の観光やMICEの受入品質向上にどう生かせるのか。松田があげるのは「ハードとソフト」「ローカル」「サステナビリティ」という3つの観点です。

会議施設や宿泊施設、海外からの直行便など、来訪者を迎えるハードインフラはもちろん重要です。ただ、訪問先として選ばれるかどうかは、気候や物価など、受入都市の力だけでは変えられない条件にも左右されます。そこで松田が目を向けるのが、地域の工夫で魅力を高められるソフト面です。その土地の食を楽しみ、人と交流する。現地を訪れてこそ味わえる、バーチャルやAIでは代替できない体験をどうつくるか。そうした体験に満足した来訪者が、自らその魅力を発信することが、開催地の評判にもつながっていく。それが松田の見立てです。

では、地域の何を体験として届けるのか。そこで大切になるのが、2つ目の「ローカル」の視点です。

「地域の魅力を発信するとなると、とかく自分たちの目線で考えがちです。来てほしい人たちの目線で、我が街の何が魅力なのかを考える必要があります」

例えば、国際会議に2泊3日で来日する人でも、滞在中に何を求めているかはそれぞれ異なります。松田は、来訪者の目的や関心を聞くところから、体験や出会いを考えていくといいます。

「何のために来るのか、ついでに何がしたいのか、そもそもなぜ日本に興味を持ったのか。そこから、こういう行程でこんなことをしてはどうか、この人に会ってみてはどうか、面談を手配しましょうか、と具体的な話になっていきます」

地域の魅力は、地元産品や名所だけではありません。その土地で活躍する専門家や達人との対話も、来訪者の関心に応える体験になります。また、いつでも楽しめるものもあれば、祭りや花火のように、その時期にしか出会えないものもあります。松田は、特に海外の富裕層に向けて、こうした体験を整理し、「いつ来れば何を体験できるか」を分かりやすく伝えることも大切だといいます。

最後に挙げるのが「サステナビリティ」です。地域の魅力である食や祭りには、その土地で育まれ、今日まで受け継がれてきた歴史やストーリーがあります。松田が指摘するのは、目の前の体験を楽しんでもらうだけでなく、その背景まで伝えることの大切さです。地域の人たちが過去からのつながりを理解し、自分たちの言葉で語ることが、地域の魅力を磨き、伝えていく力になると考えています。

「誰に聞いても、『うちの町の自慢はこれだ』と答えられる。それが、世界の人々を引きつけることにつながるのではないでしょうか」

世界に日本のファンを増やす―JCSが目指すもの

国際イベントが開催地や地域にもたらす価値について尋ねると、松田から返ってきたのは「地元が進化すること」という答えでした。

「万博を含め、こうしたイベントは一過性になりがちです。出会いだけで終わらせず、交流を通じて組織や地域コミュニティが発展していく。そこまで織り込んで設計する必要があります」

万博でともに仕事をした企業や大学、行政との関係も、これからが生かしどころです。現場で経験を積んだ人材が、次の国際舞台で力を発揮することにも、松田は期待を寄せています。そうした経験やつながりを生かして、次のイベントでは何を実現するのか。「偶発的な出会いだけでなく、むしろ必然的な出会いをいかに作り込んでいくのかが大切」と力を込めます。誰を迎え、どのような交流を生み出したいのか。その目的を明らかにするため、企画の段階から主催者に「何のために、何を目的に、どんな課題があるのか」を丁寧に聞いていく。主催者が実現したいことを掘り下げながら、そこを訪れる人たちの目的や期待にも目を向けます。

「主催者の先にいるお客様が、何を思い、何をしに来られるのか。まずは、そこを理解すること。その方たちが望むことを実現するために、私たちができることはたくさんあります。『なぜ、なぜ、なぜ』と問いを重ねていくことで、本当に叶えたいことを具体的な形にしていく。それこそが『接遇』なのだと思います」

目的を掘り下げ、必要な出会いや受入体制を組み立て、現場では関係者と連携して調整する。大切にしているのは、MICEで生まれた出会いを、その場限りにしないこと。開催後も交流が続き、地域や組織の発展につながるところまで見据えます。その先に目指す姿を、松田はこう語りました。

「『JCSがいるからこの日本は良くなった』『JCSがいるからこの街は良くなった』と思ってもらえることが、我々の理想形です」

誰を迎え、何を実現したいのか。その目的を整理することが、受入れの質を高める第一歩です。
JCSは、万博で培った経験とネットワークを生かし、企画・構想段階での目的の整理から、受入体制や接遇の設計、現場運営まで、主催者とともに具体化していきます。まだ実施内容が固まっていない段階から相談を重ねることで、来訪者の期待に応え、その先の交流につながる場をつくることを通じ、地域の発展に貢献します。

【プロフィール】

日本コンベンションサービス株式会社 執行役員 松田 健
一般社団法人日本コンベンション協会(JCMA)理事・関西支部長

 

JCS入社後、国際会議・学術会議の企画・運営、地域活性化事業のマネジメントに長年従事。MICEを軸とした地域連携や事業開発、誘致・運営体制の構築に深く携わってきた。現在はMICE・観光分野を中心に公職も兼務し、産官学連携や人材育成にも取り組んでいる。

 

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