コラム

2023.08.28

【通訳者インタビューFile.2】キャリア形成と育児の両立~通訳者に聞く生の声~


本サイトでは、会議通訳者にお話を伺い、フリーランス通訳者としてのキャリアや、案件と向き合う際の心構え、今後の目標などを紹介しています。インタビューFile.1 会議通訳歴35年の佐藤綾子さんに続く、インタビューFile.2は、育児をしながら会議通訳者として活躍する齋藤亜生子さんです。

インタビューに応えていただいた方

会議通訳者 齋藤亜生子氏

上智大学文学部仏文科卒業。東京学芸大学大学院国語教育専攻中退。
自動車業界での社内通訳に始まり、第一子出産を機にフリーランスに転身。第二子出産後は派遣通訳として従事するなど、様々なワークスタイルを経験。IR、製造業、半導体、エネルギー分野を中心に活躍の幅を広げている。現在、中学生と小学生の2人の子どもをもつ通訳者。

子育て×フリーランス、意外な障壁

齋藤さんの通訳キャリアのスタートは自動車業界で、派遣社員として社内通訳を担われました。第一子のご出産を機に退職され、出産前後1年間は産休・育休を取って休業。その後、フリーランスとして通訳業を再開されたものの、「想定外の壁にぶつかってしまった」と齊藤さんは当時を振り返りながら語ります。今は家庭と仕事を両立されているとのことですが、ご自身のキャリア形成において、どのように家庭と仕事を両立されてきたのかについてお話を伺いました。

-保育園からの不承諾通知- 自分にあったワークスタイルとは

JCS 第一子のご出産を機に退職され、1年間は産休・育休を取って通訳業をお休みされていらっしゃいましたが、その後フリーランスとして活動を再開するにあたり、事前に何か計画などはされましたか。


齋藤様 実は全く計画性がなく、そもそも保育園には応募すれば誰でも入れると思っていました。当時は子どもの数に対して保育園の数が追いついておらず、長男を無認可保育園に預けざるを得ませんでした。大した計画も立てずに楽観的な判断でフリーランスとして働き始めてしまったのです。しかし、夫だけではなく両親にも長男のお迎えをしてもらうなど周囲の協力があったことで、フリーランスとして何とか働き続けることができました。また、復帰後は得意としていた領域の案件をエージェントから紹介いただいたこともあり、徐々に仕事と家庭の両立に慣れていきました。

ただ、認可保育園に預けたほうが保育料は安いですし、預けていた園は2歳児までしか受け入れていなかったので、認可保育園へ転園させたいといつも考えていました。しかし、フリーランスは入園審査で不利ということさえ当時は知りませんでした。認可保育園に落ちたという通知が届いてから、こんなことなら最初から派遣社員として働く、あるいは企業に勤めていたほうが良かったかもしれない、とさえ思いました。完全に準備不足で、色々な落とし穴に落ちてしまいました。


JCS そのようなご経験から、第二子ご出産後は、派遣社員としての社内通訳勤務を選択されたのですか。


齋藤様 長男と次男はそれぞれ違う保育園にしか入れなかったことで、朝の送迎など時間の調整はとても大変で私も家族も疲弊してしまいました。フリーランスの働き方は不規則で、毎日同じ時間に同じ職場へ行くわけではありません。せめて毎日ではなくて、1週間のうちに数日でも規則的な働き方ができる派遣社員としての通訳の方が、当時のライフステージにあっているのではないか、と考え始めました。

専門分野を磨けた派遣社員時代は、今の活躍のベースに

齋藤様  元々自動車業界で派遣社員として社内通訳をしていたこともあり、長男を出産した後のフリーランス時代は自動車や製造関連の仕事を中心に受けていました。専門分野を持っていると、フリーランスになったときに自分の強みとしてアピールしやすくなります。一方で、今後自分が注力できそうな新しい専門分野を広げたいという思いもあり、次男を出産した後はエネルギー関係の会社で週3回、派遣社員として社内通訳を始めました。与えられた仕事環境の中で知識を深め、また人脈を広げられたことで、フリーランスとして働いている今もその専門分野が活きています。

派遣社員とフリーランス、それぞれのメリット・デメリット

齋藤様 派遣社員の場合は働く時間と場所が決まっているため、家族との予定は調整しやすいです。私はそこで人とのネットワークを作ることができ、専門分野をさらに掘り下げることもできました。ただ、シフトが決まっているので急な休みの相談はしづらく、また分野の幅を広げることはできないのがデメリットだと思います。

一方でフリーランスのメリットは、柔軟に自分のスケジュールを自分の意思で作ることができることです。小学校のイベントや面談、夫の出張などの予定にあわせたスケジュールを組むことができます。かつエージェントに登録していれば、希望の時間帯や、分野も考慮していただけます。また、大きなネットワークを持つエージェントであれば、例えば急に子どもが風邪を引いた時でも代わりの通訳者を探して手配してくださるという安心感もあります。
現在のところ、エージェントに登録することにデメリットは感じません。しかし、働くことができる時間に制限がありすぎると、フリーランスの場合はお受けできる仕事が減ってしまいます。

NOが言えないプレッシャー、JCSにできること

齋藤様 フリーランスは会社勤めの人とは少し状況が違い、自分で自分のキャリアを作っていかなければなりません。そのため、例えば、エージェントに声をかけていただいた案件は、なるべく「イエス」と言いたい気持ちがあります。これを断ったら次に声をかけてもらえないのでは、という不安があるのです。

JCS 我々エージェントはそのようなことは全く考えていないので、ご心配していただく必要はございません。通訳者の皆さんがライフステージに合わせた働き方ができ、長く仕事を続けていただけることを一番に考えます。時間の制限やご家族のイベントなど、もちろん可能な範囲で構いませんので、皆様のご事情やご予定を事前に教えていただければ調整は行います。

齋藤様 そうなのですね。少なくとも私は断ることに対してプレッシャーがありました。同じように思われている他の通訳者から相談いただくこともあります。「あまり仕事を引き受けられないから、お声がけいただけなくなるかも」と不安に思われているようでした。

エージェントから子育てしている通訳者に積極的にメッセージを発信していただけると、きっと双方の誤解はずいぶん解けていくのではないでしょうか。常日頃から密なコミュニケーションを取っていれば、子どものトラブルの時などはご相談がしやすいですし。また、産休・育休の通訳者同士がコミュニケーションを取れる場があってもいいかもしれないですね。

JCS そうですね。今後JCSでは、情報発信の一層の強化や同じようなライフステージにいらっしゃる通訳者のみなさまが情報交換できる環境作りにも取り組んでいきたいと思います。

悩んでいる女性フリーランス通訳者に伝えたい

「仕事と育児の両立に葛藤がある方へ」

齋藤様 周りの通訳者さんがバリバリ働き、「今日もこの後に別の案件があるのよ」とおっしゃる姿はとても眩しいです。自由に働いていて羨ましいな、自分もそうできたらいいなと思うこともありました。

当初は、仕事の予習も育児をしながらちゃんとやっていこう、と意気込んでいました。子どもの遊ぶ声を聴いて相づちをうちつつ、手際よく横で予習をする、といった、今考えれば虚構の両立を妄想していました。しかし結局はどちらも中途半端になってしまいます。

そんな時、派遣社員で社内通訳をしていた際大変お世話になった通訳の大先輩から、「代打の通訳者はたくさんいるけれど、お子さんの親はあなただけだから。子育て頑張って。」と励ましの言葉をかけていただきました。それ以来中途半端に迷うことなく、「優先順位は子供第一、仕事は第二」と思えるようになりました。

「齋藤さんの考える両立のコツとは」

齋藤様 私は一週間のうち、現場の仕事は週3~4日と限度を決め、土日は家族との時間にしています。カレンダーアプリで作成した1週間分の予定表を一枚の紙に印刷して、予定が入っていないところをマーカーでブロック。その中で「子どもの送迎」「ご飯を作る時間」など、家事の時間を斜線で引きます。その後はパズルゲームのテトリスをするように、規模や専門性など案件の特徴に応じて通訳の予習時間を確保しています。子どもが小さい時は、帰宅後から子供達が寝るまで仕事はしないと決め、育児と仕事それぞれが中途半端にならいよう気を付けていました。

齋藤様 通訳者も自宅からオンラインで参加するスタイルはコロナ禍ですっかり普及しましたが、まだ子どもが小さく子育ての真っ最中のころにもそのスタイルがあったら、私は積極的にオンラインのお仕事を引き受けていたと思います。とても効率的に働くことができ、子どもたちにとってもお母さんが同じ家の中にいると思うと安心すると思います。

「人生100年時代、焦らずに」

齋藤様 いつか子どもの手が離れます。その時に本当に悔いのないように、「『一球入魂』で子育てをし、仕事は少しずつでも続けていければいい」、私はそう考えています。担当する仕事の数は少なくても、一件一件を大切に、全力で真摯に向き合っていれば、お客さまとの信頼関係ができていきます。人生100年時代なら、まだ折り返し地点にも来ていません。あまり先々まで考えずに「仕事はこれから取り返そう」くらいの考えでよいと思っています。

JCS 我々もエージェントとして、フリーランス通訳の方々とのご相談の場を設けるなど、新たな取り組みにチャレンジしていきたいと考えています。皆様が個々のライフステージに合わせた働き方ができるようサポートを続けていきます。本日は貴重なお話をいただきましてありがとうございました。

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