コラム

2018.06.11

TIリテラシーのコラム第8弾「What Should We Know About Advertising Translation?」


「TI(翻訳通訳)リテラシーから探る真の国際競争力」にスポットを当てたコラム企画の第8弾です。
グローバリゼーションにより、広告も多言語化が必要とされるようになりました。広告では、語呂合わせや造語等、通常の文章とは異なることばが使われるため、多言語化のプロセスが複雑になります。また、広告の多言語化を考える際には、ことばと画像との関係や、文化的・社会的背景の違い等も考慮しなければならないため、広告翻訳は翻訳という域を超えたものとなる場合が多くなります。

Meetings Industryにおいても、MICE開催に伴い広告を準備する事は日常茶飯事で発生します。その際、日本語と英語両方の広告を用意するということも多々あります。今回は、その中で我々が注意するべき点について考えたいと思います。

Advertisement in Japan

広告は、広辞苑では「(advertisementの訳語として明治五年頃新たに造られた語)広く世間に告げ知らせること。特に、顧客を誘致するために、商品や興行物などについて、多くの人に知られるようにすること。また、その文書・放送など。」と定義されています。

江戸時代にも越後屋の錦絵(註)等、いわゆるポスターのようなものは配られていたようです。明治時代になると、新聞や雑誌という新しいメディアが登場し、広告という新しいことばが登場しました。そして、錦絵にも外国人や異文化の服飾や建物が描かれる等、文明開化の影響が見られるようになりました。昭和になると、広告に社名や製品名等の英語表記が見られることもありました。

現代では、広告は単なる製品のキャッチコピーとしての役割だけではなく、流行語となったり、社会的な影響も大きくなってきました。また、グローバリゼーションにより、多国籍企業が広告の多言語化に取り組む必要もあり、広告翻訳やローカリゼーションの研究もさかんになってきました。

(註) 「華麗な多色摺浮世絵版画。一七六五年 (明治二) 創始。鈴木春信はその創始期の第一人者で、以後、浮世絵版画の代表的名称となり、春信はじめ鳥居清長・喜多川歌麿・歌川豊国・葛飾北斎・歌川広重らすぐれた作者と彫師・摺師との協力のもとに主題と技法の幅をひろげた。」 (広辞苑より)

The Meaning Might Die When the Language Changes

広告の多言語化が進む中で考えなければならないのが、言語を変えただけでは多言語化が完了できないということです。前述したとおり、広告で使われることばは、語呂合わせ等により、単に言語を変えただけではSource Text (ST) で意図していたことが、Target Text(TT)では消えてしまうことがあるからです。

ライオネル・セイラム氏による『誰かに教えたくなる世界一流企業のキャッチフレーズ』では、次のような例が紹介されています。

【事例1】
アメリカを本国とし、世界の多くで発売されているファッション雑誌のVogue(ヴォーグ)は、次のキャッチコピーを使用していました。

“Get it first. Get it fast.”

日本語にすると、「最初に手に入れる、早く手に入れる。」という意味になりますが、これだと英語で受けるインパクトとはかなりの差があります。なぜなら、firstとfastの音節が似ているため、英語では語呂が良いものが、日本語ではその要素が消えてしまいます。

【事例2】
アメリカに本社を置く大手情報起業のReuters(ロイター)社(現在はThomson Reuters社)が使用していたキャッチコピーに、次のものがありました。

“Know Now”

日本語にすると、「今を知る」という意味になりますが、これも英語で受けるインパクトとは異なります。なぜなら、英語ではKnowということばに、次のNowということばが内包されていて、音節も似ています。こちらも、日本語にすると英語での要素が消える例となります。

【事例3】
英国の、世界最古の日刊新聞であるThe Timesは、下記のキャッチコピーを使用していました。

“Be part of the time.”

日本語にすると「あなたも参加を」というような意味になりますが、これも英語でのインパクトとは異なります。なぜなら、Timeということばには、文字どおり「時」という意味と、社名であるTimeが包含されるからです。これも、日本語にすると英語での要素が消える例となります。

このように、言語が変わると、ことばや背景の要素との組み合わせから成り立つ様々な意味が壊れてしまい、広告のキャッチコピーとしては使用できなくなる場合があります。そのため、言語が変わると、ことばだけではなく、広告自体を別のものにする必要性さえもが生じる場合もあります。

 

Strange Advertisement in Japan

訪日外国人が増加しているためか、日本国内でも日英併記の広告を目にすることも多くなりました。エイミー・ワインスティン氏は著書『ネイティブは見た!ヘンな英語』の中で、日本で見た変な英語100事例を紹介しています。その中で、広告と関連するものを3つ選んでみました。

【事例1】
1つめは、東京の地下鉄で貼られていたポスターです。

画    像:けがをしている人に席を譲るような絵
日本語:「またやろう。」
英    語:“Please do it again.”

日本語では主語や目的語があいまいな表現がよくありますが、英語ではそうすると何のことなのかよくわからなくなります。このitも外国人からすると「何が?」となるため、“Please offer your seat to those who need it.”等と的確に書いた方が伝わります。

【事例2】
2つめは、JT(日本たばこ産業株式会社)のポスターです。

画    像:たばこの煙が自分から違う方向に流れるような絵
日本語:「火はつねに、自分ではなく、他人を向いている。」
英    語:“My lit cigarette always points toward others, never toward myself.”

ワインスティン氏はこの英語表記は文法の間違いがあるというわけではないが、「アメリカ人にとって(中略)『火傷しないようにタバコの火を他人に向けよう』という意味に受け取れる。」と述べています。これは、文化的な背景の違いによるもので、日本人にとっては他人に気をつかいましょうという当たり前のメッセージでも、アメリカ人がこの表示を見たら驚くと述べています。

【事例3】
3つめは、薬局で近頃よく見かける“The Placenta”というネーミングのアンチエイジング商品です。

画    像:マリーアントワネットの絵
日本語:プラセンタ
英    語:The Placenta

プラセンタは、「胎盤」という意味です。プラセンタという意味を知らずにその効果だけに特化すれば、魅力的に感じる人もいるのかもしれません。しかし、英語のネイティブ・スピーカーがこの表示を見ると、「え?!」と驚くのは無理もないと思います。
ワインスティン氏は「企業も、もっと健康によさそうな、魅力的な言葉に直してくれないものだろうか。そもそもマーケティングとはそういうものではないのだろうか」と述べています。

 

Hints from the Advertising Translation Research

モナ・ベイカーとガブリエラ・サルダーニャによる『翻訳研究のキーワード』では、「広告テクストに説得的効力をもたせる方法にはいろいろあるが、どの方法も文化固有のものであることが多い。(中略)異なる言語や社会集団に移す場合には、入念な検討が必要となる。」と述べられています。

このことを我々が日英のポスターを作成する時に考慮している場合とそうでない場合では、ポスター制作段階における課題が全く異なってくるのではないでしょうか。例えば、インパクトがあるものを選んだとしても、それが日本国内だけで受け入れられるようなものなのか、それとも国外でも受け入れられるようなものなのか、そのような視点を持っていることが大切なのではないかと思います。

The World Is Moving

近頃では、今年5月に施行となったEUによるGDPR(General Data Protection Regulation /欧州一般データ保護規則)が注目されています。週刊ダイヤモンド6月2日号では、日本企業もGDPRについて「知らなかったではすまされない」と警鐘を鳴らしています。ヨーロッパに拠点があるかどうかが問題なのではなく、ヨーロッパの人達にどのようなサービスを提供するのかが論点となってきます。

ヨーロッパからの参加者がいる国際会議でのWebsiteやメール配信等、我々の業界にも関係してくることだと思うのですが、まだその対策について、十分な議論はされていないと感じています。2千万ユーロという罰金が課せられる可能性もあるGDPRですが、このような世界情勢に目を向けることも、TIリテラシーという観点から広告翻訳を考えた時、必要なことであると思います。
また、そのような意識を常に持っていることが、国際競争力につながるのではないかと思います。

Next

次回は、海外のMICEで使用されているアプリを紹介します。日本国内のアプリとの比較を行う事で、日本の方向性が見えてくるのではないでしょうか。

References

モナ・ベイカー、ガブリエラ・サルダーニャ(2013) 『翻訳研究のキーワード』(伊原紀子・田辺希久子訳)研究社
エイミー・ワインスティン(2011) 『ネイティブは見た!ヘンな英語』ディスカヴァー・トゥエンティワン
ライオネル・セイラム(2013) 『誰かに教えたくなる世界一流企業のキャッチフレーズ』(月谷 真紀訳)クロスメディア・パブリッシング
東川静香(2017) 『国際会議運営業界におけるTIリテラシー教育 』修士論文 関西大学

東川 静香

日本コンベンションサービス株式会社
MICE都市研究所 研究員
2008年より、同社にて国際会議運営における海外担当に従事。2017年、関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程 前期課程通訳翻訳領域において修士号(外国語教育学)取得。
所属学会:日本通訳翻訳学会 会員

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