コラム

2018.01.11

TIリテラシーのコラム第2弾「Why TI Literacy Now?」


「TI(翻訳通訳)リテラシーから探る真の国際競争力」にスポットを当てたコラム企画の第2弾です。
国連公用語は英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、アラビア語であるように、世界のほとんどの情報は日本語以外の言語で書かれたり、話されたりしています。このことからも、日本語は世界のマイノリティ言語であることがうかがえます。しかし、我々日本人のほとんどは、世界のマイノリティ言語である日本語で書かれた情報にアクセスすることで情報を得ています。この当たり前の現実に着眼し、そこから生じる危険性を考えたいと思います。さらには、そのリスクマネジメントとしてのTIリテラシーの役割とは何かを、みなさんと一緒に考えたいと思います。

What is TI Literacy?

TI Literacyというのは Translation and Interpreting Literacy=翻訳通訳リテラシーのことです。Literacyという言葉には「読み書き能力」という意味がありますが、TIリテラシーとは「翻訳通訳の読み書き能力」ではありません。現代で言うリテラシーというのは、いわゆる「読み書き能力」ではないのです。
例えば、メディアリテラシーは、溢れる情報から何が正しいのか、または間違っているのかを判断してそれを活用する能力とされています。TIリテラシーは、溢れる翻訳や通訳の成果物から、どれは正しくてどれは正しくないのかという視点で成果物を見ることができ、またそれを活用する能力であるとも言えます。
TIリテラシーには主に以下の4つのテーマがあります。

1 . 翻訳通訳の社会的役割
2 . 翻訳通訳サービスやツールの効果的な利用
3 . 翻訳・通訳者の仕事に対する理解
4 . 翻訳通訳の専門訓練や研究に対する動機づけ

それぞれの詳細は『翻訳通訳研究の新地平』(晃洋書房)という本に書かれていますので、興味のある方は是非読んでみてください。今回は、ここでは書かれていないテーマについて紹介したいと思います。

Risk of Information Manipulation

Case 1:オリジナルを読む人たちとの間に時差が生じる

例えば日本以外の世界のどこかで何かが起こった時、第一報を報じるのは日本以外のどこかで、日本人がその報道を知るのは、その報道が日本のメディアによって報じられた時となります。もちろん海外のメディアの報道に直接アクセスする人たちは別ですが、そういう人たちは少数派だと思います。国際競争力という視点で考えると、どの分野であれ翻訳されたものを読むという時点で「遅れ」が生じる可能性があります。(Website等で複数言語での情報が同時公開される場合を除く。)

Case 2:誤訳もしくは解釈の違いが起こり得る

オリジナルで報道された内容と、翻訳された内容が違うという場合です。例えば以前米大統領選の報道の際、日本のあるテレビ局が「Love Trumps Hate」に対する字幕を「トランプ嫌い」としていました。これは解釈の違いではなく誤訳で、本来は「愛は憎悪に勝る」というような日本語になります。国際競争力という視点で考えると、誤訳された情報を入手してしまえば、参戦不可になることもあり得ます。
現実的な対処法としては、オリジナルの言語で情報を入手することではなく、誤訳もしくは解釈の違いが起こり得るという視点を持ちながら情報を入手するということだと言えます。

Case 3:情報操作が起こり得る その1

例えばオリジナルでは「長いなぁ」と感じていたものが、日本語になったら「とても短くなった気がする」ということはありませんか?英語と日本語の翻訳や通訳は単なることばの置き換えではないので、単語数は同じではありません。しかし、明らかに「ここは訳してない?」ということは多々あるかと思います。翻訳や通訳は、時と場合によっては要約したり反復の省略を行わなければいけない時もあります。
ここで、もし意図的にある部分が削除されることがあれば、国際競争力という視点ではかなりのハンデを負うと考えられます。

Case 4:情報操作が起こり得る その2

「意図的に異なる解釈で翻訳をする」のは翻訳者ではないケースがあります。政府やメディア等が、特に政治的内容における情報発信をする際、意図的に誤った情報を伝えたとしても、「誤訳」ですませることが起こり得るということです。外交問題で海外メディアから批判を受けた時に、日本政府が「本来の意図は違うものなのだが、訳された際に誤訳となり、誤解を招く事態となってしまった」というような弁明をしているのをニュースで耳にすることがあります。国益を考えれば、ある意味「誤訳」という逃げ場があるのは便利かもしれません。しかし、それは翻訳通訳をプロとして行っている人達に対してのリスペクトに欠けるのではないでしょうか。国益に比べれば、個人の尊厳は考慮するに値しないという考え方もあるかもしれません。しかし、個を犠牲にしなくても良い組織作りが、これからあらゆる組織における課題となるのだと思います。そうでなければ、優秀な人材の確保はできなくなります。優秀な人材を確保できなければ、国際競争力も低下の一途を辿ります。

Stop Isolating from the World

さて、TIリテラシーについて少しは興味を持っていただけたでしょうか?日本人だし、日本語だけで暮らしていけるし、仕事でも日本語しか使わないし、クライアントも日本人だし、翻訳とか通訳って正直関係無いし、言語とか別にどうでもいい・・・と思われている方は実はこの業界でもかなりの数でいらっしゃると思います。しかし、同じ事象でも報じる人や国・地域によっては全く違ったものになるということは実社会で起こっています。そのような混沌とした国際社会の中で、TIリテラシーを持たないということは、ある意味脳内鎖国をするようなものです。これではグローバル化とは真逆になり、国際競争力を語ることすら場違いとなります。
本当にこのMeetings Industryという業界で国際競争力を備えた優秀な人材を育てるというのであれば、TIリテラシーが必要となります。TIリテラシーを持てるということは、「何かが絶対だと思い込まない思考を育てること」につながります。そうすることで、「黒船」に対応するマインドを持てるのです。何かを「絶対視」することをやめ、我々日本人はマイノリティであることを認識し、日々あらゆる世界に目を向けながら、個を尊重する。そのような環境作りの実現を今実践する組織や業界が、優秀な人材のDestinationとなるのではないでしょうか。

Next

第3回は、“Language Volunteers for the Olympics”というタイトルで、日本通訳翻訳学会第18回年次大会で開催されたシンポジウム「オリンピック・パラリンピックにおけるボランティアの参画と役割」を振り返り、日本が抱える語学ボランティアの問題について考えたいと思います。

References

武田珂代子(2017)『翻訳通訳研究の新地平』晃洋書房
東川静香(2017) 『国際会議運営業界におけるTIリテラシー教
育』修士論文 関西大学

東川 静香

日本コンベンションサービス株式会社
MICE都市研究所 研究員
2008年より、同社にて国際会議運営における海外担当に従事。2017年、関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程 前期課程通訳翻訳領域において修士号(外国語教育学)取得。
所属学会:日本通訳翻訳学会 会員

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