平ヶ岳について


平ヶ岳について百科事典や地名辞典で調べてみるとだいたい以下のような情報が記載されています。

平ヶ岳 ひらがだけ <新潟県魚沼市> 平ヶ岳の位置と地図

一般情報
新潟県と群馬県との境界上にある山。新潟県魚沼市と群馬県水上町にまたがる。標高2,141m。越後三山只見国定公園の一峰、阿賀野川流域(只見川水系・魚野川水系)および利根川水系の分水界(分水嶺)、山体は斑状花崗岩石英閃緑岩から構成されており、山頂は平坦で池塘が散在し湿原をなし、南側が急斜面で、北側は平坦面となっており、氷河期の貴重な動植物の残る自然の宝庫とされている。ミツバノバイカオウレンオノエランチングルマなどの高山植物が豊富。高山植物は尾瀬とほとんど同じ。小動物も多く、珍種のホソミモリトンボが発見されている。山順の北、池ノ岳近くの稜線上には玉子石と呼ばれる球形の巨石が彫刻のようにたっており、造形の妙に驚かされる。

平ヶ岳の名と表記の問題
平ヶ岳の名は頂上のなだらかな草原の池塘群に由来する。平ヶ岳は越後側の呼称で、上州側では塗桶山(ぬりおけやま)と呼んでいた。深田久弥の日本百名山には「平岳」と書くのが正しいとありますが、現在一般的に「平ヶ岳」と書きますが、昔は「平ガ岳」と書いていました。小学館の百科事典類はこの「平ガ岳」の表記となっている。最新のDVD版の[スーパー・ニッポニカ]日本百科全書+国語大辞典になっても古い「平ガ岳」の表記を採用しています。これは紙媒体の日本百科全書が出版された1988年のままの記述が見直されないまま1998年のCD-ROM版、その後のDVD版に引き継がれたものと思われます。このような傾向は他のCD-ROM版の百科事典についても当てはまりそうです。「知られざる平ヶ岳」の本のカバーには地元の入は平嶽(ひらたけ)と呼んでいて、戦後登山人口を増すためにはヒラタケはキノコみたいで響きが悪いということもあって、いつの日からか間に「ケ」を入れて「平ヶ岳」と呼ぶようになったとあります。国土地理院の古い1/25,000地形図には平ガ岳となっていますが、1991年12月1日からの最近の地図(コードNo.3B以降)では「平ヶ岳」と図名の表記が変わっています。最新の1/25,000地形図「平ヶ岳」の図歴情報はここから国土地理院のwebサイトで
 
平ヶ岳の高さは?
平ヶ岳が記載されている書物、地図などには以下の一覧表のように4種類の高さがあります。いったいどれが一番正しいのでしょうか。結論は国土地理院の発行している地形図(1/25,000や1/50,000)に出ている記載が正しいようです。最高点は2,141m。平ヶ岳山頂には二等三角点があり高さは2139.6mです。三角点の場所は最高点の北側にあります。以下は国土地理院に問い合わせた結果です。

国土地理院の三角点2139.6mは、明治時代に設置された時から変更されていません。 2141mという数値は、平成三年に「日本の標高一覧 -1003山-」というデータ集を発表しました。これは、山の最高点を計測したものです。何故なら、利用者に誤解されていたことも一つの理由です。三角点が山の最高点ではありません。偶然に最高点の所に三角点が設置されている場面もありますが、中腹にある点もたくさんあります。従って、三角点が最高点でない場合に最高点を計測して発表したものです。(空中写真を基に図化機で計測したもので、直接測量したものではありませんが、正確なものです。)
 参考:「日本の山岳標高一覧ム1003山」B5判 144頁 1,529円 2001.9 (財)日本地図センター

国土地理院のホームページの日本の主な山岳標高 ―日本の山岳標高一覧(1003山)―では、日本地図の新潟県からクリックリストの上から10番目に平ヶ岳があり、索引番号、No273で標高2141mと表示されています。
平ヶ岳の標高と表記一覧
平ヶ岳の高さ
出典
平ヶ岳の表記

2139.5m

アルペンガイド 尾瀬 白籏史朗 山と渓谷社 1986

平ガ岳

アルペンガイド 尾瀬 山旅会  山と渓谷社 1976

平ヶ岳

知られざる平ヶ岳 北魚沼地区理科教育センター 1978

平ヶ岳

2139.6m

新潟県の地名 日本歴史地名大系15 平凡社 1986

平ガ岳

2140m

日本百科全書 小学館 1995

平ガ岳

日本百名山 深田久弥 新潮社 1991

平ヶ岳

日本列島大地図館 小学館 1990

平ヶ岳

尾瀬の地図 日地出版 1988

平岳

群馬県百科事典 上毛新聞 1979

平ヶ岳

ブルーガイド 尾瀬 西丸震哉 1973

平ガ岳

2141m

広辞苑 第5版 岩波書店 1998

平ヶ岳

エンカルタ百科事典2002 (CD-ROM) マイクロソフト社 2002 

平ヶ岳

日本の山1000 山と渓谷社 1998

平ガ岳

ヤマケイ登山地図帳11 尾瀬・平ヶ岳・会津駒 山と渓谷社 1997

平ヶ岳

日本200名山 深田クラブ 昭文社 1988

平ヶ岳

日本自然地名辞典 東京堂出版 1983

平ヶ岳

登山情報
深田久弥の「日本百名山」の一つ。利根川源流域中の最高峰である。登山道の開設は1965年と新しく、東側の奥只見、鷹ノ巣からのコースと北の中ノ岐からのコースがある。山頂からは360度の展望ができ、利根川源流や至仏山はもちろん、越後三山や会津駒ヶ岳も一望の内にある。頂上部は大小の池塘をもつ高層湿原だが、登山道がなかったため沢登りや残雪期登山の記録が散見されるだけで一般登山者には幻の存在だった。山頂付近は自然保護のために木道が延々と敷かれて、登山者には喜ばれているが、尾瀬と同様に公園の散歩道を思わせ、大地を踏み締める感触のないのが何か物足りない。中ノ岐川に森林伐採用の林道ができた時の例外的なコースから皇太子殿下も登山された。ただし中ノ岐林道は伐採事業が終了したため車での入山は不可能となりこのコースは現在利用できない。平ヶ岳には山小屋がないため、池ノ岳の幕営地にテントを張ることができる。

登山の時期
地元の魚沼市(元湯之谷村)の行事「平ヶ岳の山開き」が毎年7月の第一土曜日に行われます。平ヶ岳は豪雪地帯に入るため真夏でも雪渓が残っているところです。したがって雪の多い年には入山のタイミングを十分検討してください。そのためこの7月第2週から平ヶ岳の登山の時期が始まり、登山口の山小屋が終了する11月の連休までが一般的な平ヶ岳の登山ができる時期と考えた方が良いでしょう。2000年の春は雪が多く、夏になってもの池ノ岳の雪渓は消えないでたくさん残っていそうです。平ヶ岳の積雪の状態は尾瀬を参考に考えるが良さそうです。2000年6月の残雪情報を参考に掲載しました。「山と渓谷」の雑誌(2000年5月号)には5月下旬に平ヶ岳で楽しめる山スキーの記事が載っている程、積雪が多いことがわかります。また冬山の専門家であれば夏山とまったく違ったルートで平ヶ岳を楽しめますが、このページの中心は夏山の情報に止めています。

個人的な登山記録はインターンネットのホームページや雑誌を除いては、最近よく出版される百名名山の名が付いている本の中に記載されていることが多い。これらの出版物については参考図書・地図を参照。

エンカルタ百科事典2000」とこの平ヶ岳ホームページの関係
1999年10月にマイクロソフト社から発売された「エンカルタ百科事典2000」に初めて「平ヶ岳」の記載が登場する。説明の文字数は546文字、内容は3つの項目に別れ、1.プロローグ、2.地形と植物、3.登山とコンパクトで適切な表記がなされている。関連リンクとしてこの「平ヶ岳ホームページ」(Webリンクの分野は「生物/環境」)が紹介されている。しかし深田久弥への項目にリンクが張られていながら、深田久弥の項目の百名山の例としてエンカルタ中に項目のある山名11の中に取り上げられていなこと、別表にある全の百名山リストの山名から平ヶ岳の項目にリンクされていないのは残念である。またこのホームページで扱っている原生動物であるるランブル鞭毛虫によるジアルジア症についても2000年版から記載されました。

登山路
平ヶ岳東側国道352(銀山街道)の鷹ノ巣の登山口から二本松を経て下台倉山・台倉山・池ノ岳を経由する。途中水場が2箇所ある。

登山史

1919年

高頭仁兵衛(日本山岳界の元老)が人夫4名を雇い、3日間を費やして只見川の只見川の支流大白沢から登頂する。「平ヶ岳登攀記」

1920年

木暮理太郎による利根川源頭の山脈を縦走して猛烈な藪こぎの中、平ヶ岳の山頂に立つ。「山の憶い出」上巻

1922年

田辺和雄、上州側の水長沢を遡って平ヶ岳山頂に達する。このコースから登った最初。

1962年

9月、日本百名山の深田久弥が平ヶ岳に登る。中ノ岐川→二岐沢→中ノ岐源流→山頂
→水長沢のルート

1965年

湯之谷村が奥銀山平の鷹ノ巣登山口から鷹ノ巣尾根(台倉尾根)の登山道を伐開して登山界に知られるようになる。

1972年 植物学者武田久吉博士がヘリコプターで山頂に降り立ち、高山植物の調査を行う。博士はこの年に亡くなる。

1986年

皇太子御一行様が平ヶ岳を登頂する。その時に中ノ岐からのコースが整備される。

1988年

7月、にわか雨による増水で中ノ岐川の渡り部分で登山客が流され死亡。(これ以降中ノ岐林道はゲートを作って鍵をかけ通行止めとなっている)その後、百名山ブームで一部の登山者が使用し始め社会問題(平ヶ岳登山ショートカット)となる。

1996年

9月、姫ノ池〜玉子岩間の腐食した木道により転倒、腕を強打した負傷事故発生。

1998年

10月、下山中に、69才の女性が意識不明となりその後死亡する。

もう一つの平ヶ岳(参考)
実は平ヶ岳の山はもう一つあり、北海道上川町と東川町にある1781mの平ヶ岳。(日本山岳ツール大辞典 竹書房 1997年 102ページ)ご存じでしたか。

出典

知られざる平ヶ岳 北魚沼地区理科教育センター 1978年
広辞苑 第5版 岩波書店 1998年
角川地名大辞典 15新潟県 1989年 1135ページ
日本自然地名辞典 東京堂出版 1983年
NAVIX 講談社 1990年
日本百科全書 第二版 小学館 1995年
日本地名百科事典 小学館 1996年
日本の山1000 (山渓カラー名鑑) 山と渓谷社 1998年 220ぺージ
日本百名山  深田久弥 新潮社  1964年
群馬県百科事典 上毛新聞 1979年 788ページ
スーパー・ニッポニカProfessional 日本百科全書+国語大辞典 2005.3年 小学館

エンカルタ2000百科事典(CD-ROM)2002年 マイクロソフト社

逆に調べても平ヶ岳の項目が無い辞書類
万有百科大辞典 小学館 1976年
国民百科事典 1977年 平凡社
百科事典 1983年 旺文社
新世紀百科事典 第2版 1985年 学研
世界大百科事典 1988年 平凡社
マイペディア 1995年 平凡社
エンカルタ98百科事典(CD-ROM)1997年 マイクロソフト社
エンカルタ99百科事典 (CD-ROM)19987年 マイクロソフト社
マイペディア97 (CD-ROM)1997年 Mac版 日立デジタル平凡社
新世紀ビジュアル大辞典 1998年(10月16日発売) 学研

平ヶ岳の地学的情報
ここから入ります。

平ヶ岳の位置(具体的な広域地図137k)
登山ガイドブックでは尾瀬地域の中に紹介されていることが多く、下の地図のように尾瀬の北西にあり越後三山只見国定公園に所属し新潟県魚沼市(2004.11.1から湯之谷村が市町村合併により魚沼市となる)にある。利根川阿賀野川の流域の分水嶺にあたります。新潟県と群馬県の県境にありますが、平ヶ岳の登山道はすべて新潟県側にあるため、山岳事故などの管轄は新潟県(小出警察署)となります。緯度経度はN37°00’ 07" E139°10’ 15"となります。

 

平ヶ岳に登るのに必要な地形図は
国土地理院の1/25,000や1/50,000地形図では1枚ではことたりません。当然1/25,000の方が詳しいのでこちらをお勧めします。1/25,000の地図に「平ヶ岳」がありますが、登山口にあたる鷹ノ巣地区が地図の右側からはみ出しているため東側に「会津駒ヶ岳」が必要になります。また一番南が平ヶ岳の二等三角点2139.6mで切れているため標高が2139.6mと思われがちですが、最高点2141mは南側「尾瀬ヶ原」にあります。山頂の特徴である高層湿原の位置も「尾瀬ヶ原」の一番北側に描かれています。したがって「平ヶ岳」「尾瀬ヶ原」「会津駒ヶ岳」3枚の地形図で平ヶ岳登山の全範囲をカバーすることになります。それでは1/50,000地形図では1枚で収まると考えられますが、1/25,000と同じ範囲を揃えると、残念ながら地図の切り方の関係で「八海山」「藤原」「檜枝岐」の3枚が必要になります。実際の1/25,000の地形図を現在は国土地理院のwebサイトで無料で閲覧できます。この詳しい情報についてはこちらから


この地図をクリックしていただくと「MapFan II」に収録の地図データをご覧いただけます。
「MapFan II 全国版(C)
インクリメントP(株)

[アプローチ][インターネットと平ヶ岳][事前準備][天候][登山カード][登山ルート]
[コースタイム][山行記録][コメント][関係連絡先][関係サイト]

ホームへ