山岳救助ヘリコプターを利用する場合のソフト面における問題
前ページでは山岳救助用ヘリコプターに必要なハード面について説明しましたが、ハードはお金をかければすぐにでも入手はできますが、問題は運用面におけるノウハウが蓄積される仕組みが出来ているかどうかです。何でも形から入る日本のやり方で問題になるのは機材をそろえたがシステム的な運用ができない、運用ノウハウまで予算や熱意、努力が続かない問題です。
山岳救助のケースではないのですが、最近ドイツで起きた列車事故で救急活動にヘリコプターが活用された例を見てみましょう。
以下は朝日新聞10/28夕刊で東京消防庁の救急専用ヘリ導入のニュースに関連してドイツでの運用実績として今年6月にドイツ国内で発生した高速列車ICEの打線事故における救急専用ヘリコプターの活躍について日本医科大学救急医学教室の山本保博教授の現地調査の報告を紹介した内容です。
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午前10:59の事故発生から1〜4分後、警察、消防ヘリ基地に事故の情報が入った。11:04には現場から16km離れたセレ総合病院の外科専門医が救急車で現場に着いた。11:15には最初のヘリが飛来。11:16、大災害宣言が出された。ヘリは現場近くの牧草地の次々着陸した。現場に駆けつけた医師98人のうち39人が救急専門医だった。負傷者のうち約70人はヘリ、残りの約130人は救急車で、22の病院に運ばれた。出動したヘリは救急、警察、軍など計35機。軍が中心となり、報道ヘリの進入禁止など航空管制をした。その結果、事故から2時間以内にすべての負傷者が病院で手当を受けることができた。 |
これを若干補足すると、ドイツの救急ヘリ基地はすべて病院にあり、かならず救急専門医を同乗させて飛ぶことが原則となっているため駆けつけた39人の救急専門医はほとんどがヘリにより現場に到着したものと予想されます。また軍による航空管制とは一台のヘリが現場上空で停止して、次々飛来、負傷者を収容して病院へ飛び立つヘリの方向と順番を指揮するもので、35機のヘリコプターが事故がなく秩序だった救助活動を行うには欠かせないものです。当然警察、消防、軍のヘリ間で支障無くコミュニケーションできる無線連絡ができることが前提です。ドイツの場合は必ずしもすべての救急活動を救急ヘリで行うことを考えているわけではなく、地上の救急車と連携して救急活動を遂行します。この朝日の記事ではヘリが飛べない夜間や荒天候の鉄道事故対策としてレスキュー列車のことにも触れられています。このように救助活動を一つのシステムとしてその中で救急ヘリを一つの手段として利用していることが良く理解できます。
ドイツの例からも分かるように、物理的に幾らヘリコプターをそろえたところで、救急活動の運用・管理能力がなければ効果てきな救急活動はできません。そこでヘリコプターを救急活動に利用するためのソフト面でのノウハウを考えてみましょう。ドイツのヘリコプターによる救急体制は、全ドイツ自動車連盟(ADAC)、ドイツ航空救助協会(DRF)の公益法人基地50ヶ所、ヘリ83機を連邦内務省国境警備局(21ヶ所、1.5機の割合)連邦国防省、州、郡、赤十字、消防局、基幹病院がバックアップする体制です。このドイツ自動車連盟(ADAC)の航空救助隊事務局長ゲルハルト・クグラー氏の話を「なぜヘリコプターを使わなかったか 西川渉 1996年 中央書院」の中から聞いてみます。
ドイツの救急へりコプターが夜間飛行をしないわけ
その効果と危険度を考え合わせると危険度の方が高すぎるから。夜間飛行のためのゴーグル暗視装置やナイトサイン探照装置といった技術もありますが、障害物をはっきりと見極めるにはまだ不充分です。特に一次救急では狭い場所に初めて着陸しなければならなことも多く、夜間になると急激に危険率が増大します。
ドイツ救急システムの基本思想
ヘリコプターの任務は一刻も早く現場に到着し、緊急事態におちいった患者のもとへ医師お送り届けることで、患者を輸送することは二の次となる。現場に飛んで来た医師が手当てをほどこした後は必ずしも急いで患者を輸送する必要はない。ヘリコプターは、救急手当ての終わらぬ間に早くも元の基地に戻って、次の出動任務にそなえて待機をするのである。
運用面からの評価
ヘリコプターは道路の状況または混雑の程度によって影響されない。むろん速度も速いから時間当たりの到達距離は救急車の3倍に達する。したがって優れた機動性を持ち、さまざまな緊急事態に柔軟な対応が可能である。またヘリコプターは一回当たりの出動が救急車よりも短時間ですむ。したがって稼働率が高い。ヘリコプターを使うことによって、病院施設の利用度が上がり、限られた資源の有効かつ経済的な活用が可能となる。
医療面からの評価
ヘリコプターを使うことによって応急手当までの時間を10分以内に短縮すれば、死亡率は20%低下する。また事故現場で医師の手当を受けた患者は、集中治療室での死亡率が約7%低下し、患者の半数が集中治療室での滞在を5〜7日短縮することができる。さらにヘリコプター輸送は、瀕死の患者の搬送時間を短縮できるため、肉体的、心理的負担が少なく、移動中の死亡率が著しく下がる。
経済面からの評価
入院期間が短縮され、退院後の治療費もすくなくてすむ。そして活動不能期間が短くなり、社会復帰と就労の可能性が大きくなる。また、治療期間が短くなり、治療の内容が簡単になれば、健康保険の費用負担も少なくなる。費用効果の比率は、通常の救急が2.7倍であるのに対し、ヘリコプターを使えば3.5倍に増大する。すなわち、ヘリコプター救急のために1マルクの費用を使うことによって、3〜4マルクの経済効果が生じる。
こうしてヘリコプターは多くの人命を救い、経済効果も高いことがはっきりしている。
以上「なぜヘリコプターを使わなかったか」 西川渉 1996年 中央書院から
それでは日本の現状で問題となっている点は何か「ヘリはなぜ飛ばなかったか 小川和久 1998年 文芸春秋」の中からピックアップしてみると、
機材と人員の体制の問題
ヘリは耐空証明検査、定例整備などのため、通常は年間80〜100日程度の運行不能期間が生じている。
一機のヘリを24時間稼動状態に置くためには、3機が必要となる。法でさだめられた定期検査や整備のため、3機保有しても2機が飛べない場合があるからだ。1機あたりのマンパワーにしても1日3交代としてパイロット3人(2人乗務だと6人)と整備士などグランドクルー3チームを確保しなければならない。
防災ヘリに共通する悩みは、大部分の自治体が民間会社か警察に運行を委託しており、パイロットや整備士のレベルは高けれども、機材・人員とも24時間フルに飛べるだけの余裕を持つことが難しい点にあるといわれる。そうなると、前もって行事などの予定が決まっていないかぎり、早朝、夜間の時間外や土曜、日曜、祝日には飛べないことが多いのでなないかという疑問が出てくる。とくに災害時や救助出動について消防・防災ヘリの当直体制が大いに気になるところだ。
共同保有の問題
近隣のヘリ保有団体で相互補完体制を確立する方法が必要。97年8月現在、他の自治体や警察、自衛隊との応援協定を結んだところは27団体となっている。
パイロットの操縦技術の問題
ヘリの運用を左右するマンパワーの問題。特にパイロットの養成や技量の維持はどうなっているか。
陸上自衛隊の中・小型ヘリのと警察へりのかなりが、エンジンひとつだけの単発タイプだ。そのためオートローテーション・フルランディングの訓練を重視している。消防庁のように双発の方がエンジン停止時の安全は高いが、ビルの屋上ヘリポートで中型ヘリの重量に耐えるものは数えるほどしかない。
一方「なぜヘリコプターを使わなかったか」の西川渉氏の指摘では、
使用するヘリコプターの種類は大型機のほうが担架を乗せやすく、治療に必要なたくさんの装置や機器を搭載でき、医師も機内で動きやすい。しかし機体が大きいとどこにでも降りることができない。病院の屋上のヘリポートなどにも制約が出てくる。着陸の場所のが限られ経済的にも効果で費用がかかる。むろんあまり小さいもの困るが「救急ヘリコプターは空飛ぶ病院である必要はない。緊急現場にできるだけ近いところに着陸でき、外形の小さなヘリコプターがよいでしょう。
緊急事態に対処できるだけの技量を維持するためには、消防・防災ヘリ、警察へり、陸上自衛隊ヘリについて共通の訓練基準を設ける必要があるのでは。
山岳レスキュー特有の運用面の問題について「空飛ぶ山岳救助隊ヘリ・レスキューに命を懸ける男、篠原秋彦」の羽根田治氏の指摘によると、
自衛隊のヘリコプターの出動依頼には知事の要請が必要になるなど、複雑な手続きが必要になる。一刻を争う救急体制には向かない。
山岳遭難でのヘリコプターの利用時におけるポイント