今回の平ヶ岳の遭難ケースでは事故発生の場所が下山ルートの発生場所がわからないのと、実際の救助が夜で小雨の中の救出だったためヘリコプターの出動は結果的に無理でした。しかし仮に昼間で天候がよければヘリコプターの活用は可能でしょうか?新潟県警には山岳救助に使用できるヘリコプターを所有しているのでしょうか?まず日本にあるヘリコプターの数は、警察、消防、企業などの民間機が約1,000機、自衛隊機が850機、合計約1,850機。民間機約1,000機はアメリカ、カナダについで世界3番目のヘリコプター保有国と言われています。この中で警察が81機、消防が39機、海上保安庁が47機をしめています。(1994年ヘリコプター登録台数)
ところで今回のように平ヶ岳で遭難事故が発生して、ヘリコプターが出動するとなると、どのヘリコプターになるか?小出地区山岳遭難防止協会の話によると新潟空港に常駐するヘリコプターに要請され、連絡があった時に出動できるヘリが担当し特に警察とか消防とかの区別はしないそうです。新潟空港に常駐するヘリは新潟県警の「ゆきかぜ」「こしかぜ1」、消防ヘリの「はくちょう」と海上保安庁の「こしじ1」などヘリ3機があります。さらに最近ご連絡いただいた情報によると航空自衛隊の救難隊も常駐していました。ヘリは高性能のUH-60J救難ヘリコプターを所有しているようです。
新潟空港から平ヶ岳までは地図上の直線距離で約100kmありこれらのヘリは巡航速度200km/時以上なため、約30分ほどで到着できる計算になります。平ヶ岳の登山道はいずれも新潟県側にあるため、遭難事故が起きた場合は新潟県の管轄となり、特に平ヶ岳の管轄署は小出署になります。小出地区山岳遭難防止協会もこの小出署の中にあります。この協会が実際のヘリの出動要請を決定するようです。日本国内で公共ヘリポートの数は少なく、平ヶ岳に一番近い公共ヘリポートは群馬県警も使用している前橋市にある群馬ヘリポートで直線距離で約65kmです。ここの群馬県警「あかぎ」、または群馬県防災航空隊の防災ヘリ「はるな」が使用できると仮定すると平ヶ岳まで約15分で到着できることも考えられますが、管轄が違うためまず無理でしょう。
さらに無理を承知で仮定すれば航空自衛隊の百里基地(茨城県)には救難隊が常駐しており、ここには1991年から配備された、救助活動に特化した高性能ヘリUH-60J救難ヘリコプターを所有しています。この機種は時速300kmほどで飛べるため、平ヶ岳・百里基地間約140kmを30分程で移動できる計算となります。またこの機種では夜間の山岳飛行が可能な暗視装置等の設備をもっています。しかし新潟県の小出署の山岳救助の一担当官の判断で航空自衛隊の百里基地救助隊を要請することは非常に難しいのではないかと考えられます。
しかし、平ヶ岳が谷川岳と同様に日本海側の天候と太平洋側の天候の境目にある地理的環境から恒に複雑な天候が予想される中で、新潟空港上空及び新潟県側の日本海側の天候が悪く、ヘリコプターが飛び立てない状況下で、太平洋側からのヘリコプターによるアプローチが可能とすれば群馬県防災航空隊のヘリ「はるな」や百里基地のUH-60J救難ヘリコプターの出動が理想的となります。阪神大震災のヘリ利用の教訓から以前よりはヘリコプターの要請手続きがたいぶ簡略化されたようですが、このような管轄を越えた柔軟的な判断をだれが下せる状態にあるのでしょうか。
ところで日本では大きな病院にヘリポートを設置してヘリによる患者輸送を常時行っているところはありません。(新潟県の災害拠点病院でヘリポートと連動した体制の取れる病院リスト)そのため仮にヘリによる山岳救助がおこなわれても直接ヘリで病院に搬送されることはなく非常に残念です。それにしても平ヶ岳のようなアプローチが非常に長い山の中での山岳遭難にはヘリコプターの利用が欠かせないものと思いますが、これは贅沢なことでしょうか。山岳遭難だけではなく、広い意味でのヘリコプターの利用を組み込んだエアレスキューの体制を全国的に考えても良い時期にあると思います。
ドイツのヘリコプターを活用した救急体制については、過去にNHKでよく報道されたためよく知られています。ドイツ国内50箇所のヘリコプター基地でそれぞれが半径50kmの守備範囲を持ち、これで全国の95%以上の範囲をカバーして連絡が入ればどこでも15分以内で現場に到着できる体制が1970年からできています。通報があれば医師を搭乗させて2分ぐらいで飛びたつと言われています。当然必要な場合は守備範囲の病院のヘリポートに直行します。
インターネット上で公開されている情報に国際登山医学会議の報告がありますが、これはスイスで開催された国際登山医学会議の報告ですが、この中でスイスアルプスの山岳救助技術でヘリコプターを駆使して動き回るレスキュー技術について、参加されていた長野県警山岳遭難救助隊の片桐副隊長などの日本の山岳救助のベテランたちも驚く高度の技術が紹介されています。年間3000円程度の保険料でヨーロッパ全域でこのようなヘリによる救助サービスが受けられるようです。
参考:遭難時に民間ヘリを依頼した時の費用について
有持真人氏による「アルパインクライミング」のホームページに掲載されている質問コーナーにはメーリングリスト(300名)から質問と回答をまとめたページがあり、その遭難救助の項目には遭難時にヘリを要請した場合の料金について現在7件の回答が掲載されています。いずれも実際にあったケースで料金が説明されているので救助費用と合わせて参考になります。
参考資料
- 翼を持ったお巡りさん―ヘリ救助にかける富山県警察航空隊の現場から 谷口 凱夫 山と渓谷社 1,680円 2005年6月
富山県警の元山岳警備隊長を長年務めた谷口凱夫氏によるヘリコプターを中心とする山岳救助活動の記録。特に1996から運用を開始した山岳専用のヘリであるイタリア製アグダス109KIIによるつり上げ型救助にいて詳しく書かれている。ヘリコプターの性能の違いによる救助活動の違い、ヘリの救助活動の特徴である救命率の高さ、後遺症なき早期社会復帰の可能性、動体視力の話、ホイストケーブルの先端フックの静電気問題、地上からシグナルなど実用的な話題まで、救助される側から参考になることが公開されている。
- 続 生と死の分岐点―岩と雪の世界における安全と危険 ピット シューベルト 、黒沢 孝夫訳 山と渓谷社 2,520円 2004年6月
上記の本が国内の経験者によるヘリ山岳救助の話に対してこの本は海外版の話。こちらはドイツ山岳会安全委員会委員長のピット・シューベルト氏による、実際の山岳事故の検証による事故予防方法を詳細に解説している。山岳救助にヘリが有効である話から、救助中のヘリによる事故まで広範囲にわたり、解説されている。へリスキーツアーで、ヘリから降りた時、かがむように注意されていたにもかかわらず、一人のツアー客の帽子がヘリの風で飛ばされ、瞬間的に帽子を取ろうとして体を伸ばしたときに首が切断された話。並木の間をヘリが緊急で降りた時、ダウンウォッシュの風で並木が外側に傾き、問題なく着陸できたが、離陸時には逆のダウンウォッシュの風で並木が中側に傾き離陸できなくなるなど、実際の現場を知らないと分からない興味深い話が満載。
- 空飛ぶ山岳救助隊 ヘリ・レスキューに命を懸ける男、篠原秋彦 羽根田治 山と渓谷社 1989年9月
これらは、ヘリによる今後の山岳救助のあり方を考える上で欠かせない資料として貴重なもと思われます。以下はヘリコプターを使用した山岳救助について直接書かれたものではなく、先の阪神大震災になぜもっとヘリコプターが活用されなかったかという観点から書かれていますが、海外の事例や日本でのヘリコプター利用の提言など、山岳救助についても十分考えさせられ、示唆に富んだ書物といえます。
- ヘリはなぜ飛ばなかったか 小川和久 1998年 文芸春秋 1524円
- なぜヘリコプターを使わなかったか 西川渉 1996年 中央書院 1600円
著者の西川渉氏の『航空の現代』ホームページ次の奥村氏の本は地下鉄サリン事件発生時に聖路加国際病院の救急医療センターで被害者の救済にあたった救急専門医が、この事件を救急医学、災害医学を含め日本の危機管理の視点から専門的に分析したもので、上記阪神大震災の対応と合わせて災害時の日本の対応体制(危機管理)を考える上での避けられない文献です。この中には患者の搬送手段のヘリコプターの利用を考えられ、搬入される救急病院での対応がどうあるべきかについても貴重な意見が提案されている。山岳救助に関しても、最近の団体として行動する中高年登山者の大量遭難や過去に発生した高校生の集団をおそった雷などの事態で、心肺停止患者が大量に発生した場合に十分な心肺蘇生(バイスタンダーCPR)措置がとれる体制をどのように作るかなど、山岳関係者にも必携の書物と私は考えます。
- 緊急招集(スタット・コール)地下鉄サリン、救急医は見た 奥村徹 1999年1月 河出書房新社 1600円
- 地方自治体、自衛隊、病院、救急医療センター、航空会社、ヘリコプターメーカーなどを会員にもつ日本エアレスキュー研究会について
海外の山岳レスキューについて
- スイスのエアーレスキュー
- ドイツのASB Rescue service and disaster control